違う場所で 〜三国の歴史〜

第十九話

presented by 鳥哭様


威圧感。


それだけがこの船上を支配している。


大勢の男達の中心にできている船上の擬似闘技場。


そこで対峙する二人の男。


甘寧とシンジという者達だ。


先程までは甘寧が戦況を有利に進めていた・・・が、シンジの方の雰囲気が一変した。


普通に見たらただの青年。


とても力ある者に見える容姿ではないだろう。


その青年から向けられる恐ろしいほどの威圧感。


さっきとは何が違う?


別に空想じみた風に筋肉が以上促進して服を破くとか、変身するとか、そんなものは一切


ない。


ただ目の色が変わっただけ。


目の色が黒から赤に変わっただけだ。


別に充血してる訳ではない。


いや正確にいうと赤ではない『紅』なのであろう。


血よりさらに濃い赤。


その二つの目で睨まれただけで弱いものは息すら苦しくなりそうだ。


「・・・こりゃあ参ったぜ。」


さっきまで自分が追い詰めた相手が化け物だと知った瞬間。


自分はその化け物の逆鱗に触れてしまったのかという恐怖感。


甘寧はもはや自分が勝てるとは微塵も思えなかった。


生物としての本能が警告を鳴らす。


『これ以上刺激するな。』としきりに頭の中で自分に言い聞かせる。


それとは逆に『おもしろい。』武人としての自分はこれ程までの男が目の前に居る事に


歓喜している自分もいる。


それがまた一層恐い。


自分すらも見失っているのだから。


「甘寧・・・君が悪いんだよ。僕もこの力を知ったのはつい数日前。


そして使い方を理解しったのは・・・今この時。悪いけど手加減の仕方が解らないんだ。


あなたを殺したくは無い・・・だから。」


シンジは真白の刀を鞘に収めると地面に突き立てる。


「刀はいらない。僕は拳だけで充分だ。」


その時甘寧の戸惑いは失せた。


怒りという刺激によって・・・未だ冷静さは取り戻せてはいないが。


「ほお・・・なめてくれるじゃねえか!!!!!!!」


怒りに我を忘れ自分自身最強の技を持って敵を沈める為に突き進む。


刀を水平に構え姿勢を低くし相手に向かい突き進む。


それが甘寧の最強技『荒波』。


「またこれで沈めてやるぜぇ!!」


甘寧程の男なら気づいただろう。


今目の前にいる男に同じ技は通用しない事に。


だが彼は怒りで冷静さを欠いている。


「沈むのは・・・」


甘寧の視界からシンジが消える。


同時に自分の腹に風を感じる。


シンジが近づいた時に吹いた風だ。


気づいた時、既に遅し。


彼が感じたのは腹に拳が減り込んだ感触と痛みだけ。


「君だろ?」


さっきの言葉の続き。


勝利の二文字を確信した二文字。


甘寧はたった一撃でひれ伏した。


目は白目を剥き、腹を押さえ失神した。


周りで見ていた部下達は自分達の長が倒れたのを見て慌てて介護しに近づいてくる。


これが今のシンジの力。


これで戦いは幕は下りた。


だが彼は闘気を鎮めない。


いや、逆だ。


さらにそれは増していっている。


「君だろ?ずっと前から僕達を見ていたのは・・・。」


シンジは船の帆を見ながら言う。


すると帆の所から男が飛び降りてくる。


「・・・ヨク・・・ワカッタナ・・・。」


その男は顔を仮面で隠し、まるで獣の様に腰を低くして獲物を狙う体勢を取っている。


獲物を狩る武器は棒の先と後ろそれぞれに刃がついた物だ。


「・・・ワガ名・・・魏延・・・字文長・・・。」


言葉も片言だ。


「・・・我・・・強いヤツ・・・戦う・・・。・・・オマエ・・・強い・・・我とタタカエ!!」


今度は魏延の言葉が終わると共に3本の矢がシンジ目掛けて飛んでくる。


カキッン!


咄嗟に甘寧の刀を手に取り、矢を叩き落とす。


「がっつっはっはっは!!!!」


「次から次へと・・・」


シンジは深く溜息を吐く。


「本当に良い日だよ・・・今日はね。」


どうやら赤目の時は性格も攻撃的の様だ。


「わしの名は黄忠じゃ。話に聞いた豪傑ぶりじゃわい!」


黄忠の容姿は正に老人・・・なのだがそれに見合わぬハイテンションぶりだ・・・。


髪も髭も黒ではなく白に変わり果てても心は若き日のままの様だ。


「話?それは何の事なんですか?」


「うむ。ある老人から将来の大器・・・一国の主の器を持つ男がいるという事を


聞いたのじゃよ。魏延もわしも当時の主には愛想が尽きておったから、御主が如何程の


者かを見極めるために黄巾との戦いを見ていた訳じゃよ。その老人と一緒にのう。」


シンジは日ごろから何かの視線は感じていた。


だが自分達に危害を加えなければ、殺気を向けてる訳でもないので特に相手にもしては


いなかったのだが・・・。


「まあ、わしも魏延も御主の戦い振りには感服してのう。手合わせ願えればと思ってなぁ。」


「・・・ソウイウコトダ。」


「・・・まあ、いいよ。僕もこのままじゃ納まらないしね・・・。」


疼く。胸が、腕が、頭が、脳が、神経が、全てが。


これが力なの?どうでもいいや・・・今はこの赤に流されても・・・。


「それじゃあ・・・派手に暴れてやろうかのう!!」


黄忠は瞬時に弓を構え同時に矢を5本放つ。


「・・・ヤル・・・。」


魏延もそれに続くようにこちらに駆けて来る。


それと同時に周りの水賊達が歓声を挙げる。


その姿を見て嬉しそうに声を上げる老人がいた。


「真に見事な武よ。彼は劉玄徳をも超える大器じゃ・・・それをようやく確信したわい。


・・・さて・・・お嬢さん達は小生にどの様な用件がおありかな?」


老人は後ろから自分に武器を突きつけている女性達に視線を向ける。


無論その女性達とは甄姫達の事だ。


「用件?決まっているでしょう。あなたが何を企んでいるかですわ。我が君となりうる男


の邪魔をする者は誰であろうと容赦はしません。」


先程まで甘寧と勝負していた筈のシンジが、知らない奴ら二人と戦闘を始めている。


しかも、十中八九それの原因を作ったのは目の前のこの老人に間違いない。


遠くで全部は聞こえなかったが、先程のシンジと黄忠達との会話は彼女達にも聞こえて


いたのだから。


「小生の企みと?面白いことを聞くのう、甄の姫よ。それはそなたも感じているので


あろう?あの青年の素質・・・彼こそ乱世を静め、さらにはその後の世を平和に導く希望


の大器。小生にはそうとしか見えぬ。三つの『ユウ』を武の長たる青年。まさに一国の


王たる者の異名。」


老人は自分の髭を梳きながら、本当に嬉しそうにシンジを眺めている。


その眼に殺気や敵意等は全く無く、あるのは希望に満ち溢れた澄んだ眼だった。


「三つの『ユウ』・・・とは何なのでしょうか?」


貂蝉はその老人の眼を見て敵対心を解き、武器も下げて老人に質問を投げかけている。


「三つの『ユウ』・・・それは優しさの『優』、英雄の『雄』、憂鬱の『憂』。


その眼は誰にでも安らぎを与え、その剣は猛々しい焔の如く悪鬼を切らんとす。


そして、その両手は全ての憂鬱全てを優しく包み込み自分の事として考えざらん。


どうじゃ?小生の人間観察。あながち間違いではあるまい。いや確実に的を得ている。


そうであろう?」


三人はこの老人の洞察眼の凄さに言葉を失っている。


老人の言葉は自分達のシンジに対する認識とほぼ同じであるのだから。


「沈黙は肯定と捉えよう。さて・・・小生、一つ聞きたい事がある。」


「何?」


尚香が老人を見据える。


「御主等は『碇シンジ』に何を望み、何を癒す?小生の推測どおりならば御主等は


『碇シンジ』の正体を知らない。もし上辺だけを見て好意を抱いたり、命の恩から


彼を癒そうというのならやめておけ。傷はより一層深みを増すだけ・・・。」


老人は事の確信には迫らぬ様に言葉を選びながら曖昧な発言を繰り返す。


「傷?何なのよシンジの傷って?」


それを聞きたいのは他の二人も同じ様だ。


「やはりか・・・何も知らぬか。『碇シンジ』よ。未だ孤独の闇を彷徨うか・・・。」


「あなたがシンジの何を知っているというのです!!」


甄姫にとって今の発言は完全に逆鱗に触れていた。


彼女はこの数年ずっとシンジと暮らしてきた。


そこで彼の色々な事を知って来た。


ずっと共に歩みを進め、ずっと彼と共に居たい。


それが彼女の切なる願い。


だがこの老人の言った言葉は、「何も知らない」の一言。


「何も知らないですって!?私はこれまでずっとシンジと共に歩んで来ました!


その私が何も知らない?戯言も大概にしてくださいませんか!!」


甄姫は今にも殴りかかりそうな勢いで捲し立てる。


「・・・其れほどまでに彼を求めるか。甄の姫よ・・・。そなたが彼を求めるのは


命を救われた恩からか?」


甄姫は大きく息を吸って吐き冷静になり、いつもの凛とした顔に戻る。


「私がシンジを君としたいと願うは、彼の全てに惹かれたから・・・。命を救われた事は


感謝はしています。ですが・・・その様な事で私は我が君を決めたりはしませぬ。」


自分自身でその事実を確認するようにゆっくり言葉を発していく。


それにしても不思議な老人だ。


初対面の人間の心理にここまで大きく踏み込める者はそうはいないだろう。


「ふむ・・・。だが・・・碇シンジは未だ孤独の闇に捕らわれているのは確実じゃ。


御主等は碇シンジの過去を知っているのか?」


この問いに彼女達は何も言えない。


シンジは彼女達に一切自分の過去を話した事がないから。


シンジにとって過去とは禁忌。絶対に知られたくない真実。


大切な人には知られたくない悪夢の日々。


言える筈もないだろう。つまり彼女達が知り得る筈もないのだ。


「愚問だったか・・・。なに、恥じる事はない。知らないという事は恐らく御主達は彼に


とって大切な者だからであろう・・・。だが!いずれ真実を知り、それが原因で彼を


裏切って見せよ・・・恐らくは小生だけではない。他の色々な強大な者全てを敵に回す事


になる。」


その通りだろう。


シンジの背後には、この不思議な老人だけではなく、仙人界。ましてや神までが味方して


いるのだ。彼を裏切るという事がどれ程恐ろしい行為かは馬鹿でも解る。


まあ、それを知る事が出来る者は殆どいないが・・・。


そして老人も知らない。


今彼が話していた強大な者が自分達を上空から見下ろしている事も。






























お約束と言わんばかりに、上空には黒点虎と申公豹がいた。


「ねえ・・・申公豹。」


「なんです?黒点虎。」


「最近全然出番なかったね。」


「仕方ありませんよ。作者自身忘れていたんですからね・・・。」


「作者?」


無論この様な事を黒点虎が解る筈も無い。


・・・・・・・・・なぜ申公豹は知っているのだろう?・・・まあ申公豹なのだから


仕方ないだろう。


「黒点虎は知らなくていい話です。ついでに言うと最近シリアス風味に疲れているそうで


すね。」


「ふ・・・ふうん。やっぱり申公豹って凄いんだね。」


若干引き気味に黒点虎は答える。


「そんなことよりあの御爺ちゃんは何なのさ?」


黒点虎はそう言うと瞳孔が開かんばかりに眼を見開き老人を見下ろす。


その頭は天を突くように逆立っている。


・・・正直かなりセンスが悪い。


嫌でも人目につく髪形だ。


「ああ・・・彼ですか。まあ碇シンジ側の人間ですね。」


「ふうん。申公豹はあの人の事知ってるの?」


「ええ。彼の名前は左慈といいます。仙人にも一目置かれてる程の人物ですよ。」


申公豹は少しだけ誇らしげに語る。


それは自分が答えられない事は何もない事を誇示しているかの様だ。


「それは良い意味で?悪い意味で?」


この猫の質問癖が直る日は一生来ないであろう。


彼の台詞のほとんどが質問なのだから・・・。


まあ、それがこの猫の魅力でもある訳だから。


「良い意味で有名ですよ。私達の間では左慈よりも「平和の使者」の異名で通っています


けどね。」


「平和の使者?」


「ええ。その時代の節目節目に現れては、その時代を治めるのに相応しい人物を見定め


影ながら助力したり、時にはその人物の敵を暗殺したりと色々な行動をする人物ですよ。」


申公豹の話に一つ人間には到底不可能な事柄が含まれていた。


人間が絶対に超えられない境界線を無視しないとできない行為だ。


「その時代の節目って・・・じゃあ彼は一体何者なんだよ?少なくとも人間では


ないんでしょう?」


そうつまりそれは彼が人間でない事を示すのだ。


「ふふ・・・気づきましたか。まあそれも後々の楽しみに取っておきましょう。


どうやら私達の見せ場が来たようですしね。」


申公豹は後ろを振り向くと、そこには人間の女が宙に浮いていた。


「よく気づいたわね・・・。」


その女は赤いジャケットを羽織り、右手には拳銃を持っている。


「『来訪者』と仙人の戦いはこれが始めてですか・・・。」


右手には一見は二段アイスの形状の武器が握られる。


だが、それこそ最強の宝具『雷公鞭』。


「申公豹この周辺に結界を・・・。」


「もうやったよ。」


その言葉どおりに彼等の周りには薄い膜の様な物が張り巡らされている。


伊達に最強の霊獣と呼ばれてはいない。


「さて、行きますか・・・。『葛城ミサト』。」


来訪者の正体。


それは葛城ミサト。


彼女がここに来た経緯は後々詳しく話そう。


今はミサトと申公豹の戦いの方が大事だ。


「あら私の名前も知っているのね。どんな時代でも優秀な者は知れ渡るものね。」


自信満々に胸を張ってそう答える。


どこからその様な考えが浮かぶのだろうか。


少なくとも彼女は有能ではない。


「五月蝿いですね。私はあなたが大嫌いなのですよ。」


申公豹の体が光始める。


否、光っているのは申公豹の体ではなく、その周囲の空気だ。


「塵すら残しません!!」


物凄いエネルギーの雷がミサトを襲う。


これが最強の仙人申公豹の力。


これで結界など張ってなければこの周囲の人間は死んでいたであろう。


そのあまりの力によって・・・。


「ちょっとだけ驚いたわ・・・でもねATフィールドの前ではそんな攻撃ゴミね。」


ミサトの周りには赤い壁が張り巡らせている。


さらには彼女の瞳は赤黒く変色し、髪も黒から銀色に変化している。


だが髪も瞳も綺麗とは言い難い。いや言えないだろう。


その色はどちらも酷く濁っていて、渚カオルや綾波レイとは似ても似つかない。


やはり心が汚いからなのだろうか?


「使徒化してますか・・・少々厄介ですね。」




こうして新たな戦いが幕を開けた。


地上ではシンジと魏延、黄忠の戦い。


もう一方では左慈と甄姫との心理戦。


空中では申公豹と葛城ミサトの殺し合い。


どの戦いも非常に興味深い・・・。


さて、一体生き残るのは誰なのだろうか?






To be continued...

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