バキッ!ドシャアァ!!ボキ!
顔を青ざめた黒ジャージの少年が呟く。
「あ・・・・」
「んが、がアアアアア」
くせっ毛のある茶色の髪をもつ中学生、相田ケンスケ。彼は不幸だった。



新世界エヴァンゲリオン 帰還者の宴

第三話

〜宴の華〜

presented by じゅら様




<ライオンズマンション最上階 碇邸>

「いってらしゃ〜い」
退院したユイは回復し、シンジと共に暮らしていた。
ほとんど来ることはないのだがゲンドウの部屋も準備されている。
ユイは結局、ゲンドウの状況説明で計画破棄を納得し主婦として再スタートを切る形となった。
学校が目と鼻の先なので、シンジとしては朝はゆったりした時間をすごせることを満足していた。
ちなみにレイも一緒に住んでいる。
レイを今の家に引き取る時、シンジはレイに自分たちが兄妹であることを告げたが芳しいとはいえない反応しか返ってこなかった。
「そう」
と、だけ言われてシンジも苦笑するしかなかった。
今のレイともできたら仲良くしようと思っている。
「「いってきま〜す」」
シンジが願ってやまなかったどこの家庭でもある光景の中、シンジは幸せを満喫していた。



<第三新東京市立第壱中学校>

「ギュゥ〜ン、ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥッ、ドゥァ〜ァァン!・・・何、委員長?」
模型を持ち、中学生としても幼い言動で周囲を引かせているケンスケ。
彼女は委員長として言いたいことだけいうことにする。
「昨日のプリント、届けてくれた?」
「あぁ、ああ。いや、なんかトウジの家、留守みたいでさ」
「相田君、鈴原と仲良いんでしょ?二週間も休んでて心配じゃないの?」
トウジもなぜこんな薄情な人間と友人でいられるのか、苛立ちが表情に出そうになったが、ケンスケの言葉でそれどころではなくなる。
「大怪我でもしたのかなぁ?」
「ええっ!?例のロボット事件で?テレビじゃ一人もいなかったって・・・」
「まさか。鷹ノ巣山の爆心地、見たろ?入間や小松だけじゃなく、三沢や九州の部隊まで出動してんだよ?絶対、10人や20人じゃ済まないよ。死人だって・・・」
こいつ・・・そこまで調べておきながら友人の安否は後回しか・・・
神様、どうかこのバカに天罰をお与えください・・・
ガラッ
そう思った委員長と呼ばれる少女だったが、教室の扉が開いた向こうに見えた黒いジャージの姿に安堵した。
「なんや、ずいぶん減ったみたいやなぁ」
「疎開だよ、疎開。みんな転校しちゃったよ。街中であれだけ派手に戦争されちゃあね」
「喜んどるのはオマエだけやろなぁ、ナマのドンパチ見れるよってに」
「まあね。トウジは、どうしてたの?休んじゃってさ。こないだの騒ぎで巻き添えでも食ったの?」
「妹のヤツがな」
「ぁっ!」
トウジとの付き合いも長い。
シスコンのこの男を刺激しないように。と、ケンスケも発言に注意する。
「妹のヤツが、瓦礫の下敷きになってもうて、命は助かったけど・・・・ずーっと入院しとんのや、家んトコ、オトンもオジイも、研究所勤めやろ?今職場を離れるわけにはいかんしなあ、俺がおらんと・・・アイツ病院で一人になってまうからなあ・・・・・しっかし、あのロボットのパイロットはホンマのヘボやなあ!無茶苦茶腹立つわ!味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!」
「それなんだけど、聞いた?転校生のウワサ」
「転校生?」
ケンスケは、目がヤバくなってきたトウジに話題の転換を謀る。
「ほら、アイツ。トウジが休んでる間に転入してきた奴なんだけど、あの事件の後にだよ。変だと思わない?」
(んっ?あー、今日か・・・うまくやれるかな?)
聞こえていないフリをしていたシンジはこれからの策謀に思慮を巡らせる。

「起立!」
ヒカリの合図で授業が始まる。
「えー・・・このように人類はその最大の試練を迎えたのであります。二十世紀最後の年、宇宙より飛来した大質量の隕石が南極に衝突、氷の大陸を一瞬にして融解させたのであります。海洋の水位は上昇し、地軸も曲がり、生物の存在をもおびやかす異常気象が世界中を襲いました。そして、数千種の生物とともに、人類の半分が、永遠に失われたのであります・・・。これが世に言うセカンドインパクトであります。経済の崩壊、民族紛争、内戦、その・・・」
老教師は自らの体験を交えて話しているが、聞いている生徒はろくにいない。
文部科学省からもセカンドインパクトの話に関して、生徒の猜疑心を刺激するようなものでなければ推奨しているため、授業に多少の遅れが出ても学校側は何もいわない。
そんな話声が教室に響く中、シンジのPCにメッセージが1通着信する。

メッセージ :碇君があのロボットのパイロットというのはホント?Y/N
      :ホントなんでしょ?
      :Y/N

(さて、予定通りだな)
シンジは机からティッシュを2枚取り出すと、注目している生徒を余所に耳栓を作り両耳にはめ込む。
(・・・準備OK)
シンジはPCにYESと打ち込む。
《ええ〜っ!?》
その瞬間、話題に飢えた中学生たちの自制心はあっさりと決壊した。
ほぼクラス全員から驚きの大声があがる。
耳栓の効果は正しく発動された。
「ちょっとみんな!まだ授業中でしょ?!席についてください!」
「ああ、またそうやってすぐ仕切る!」
「いいじゃんいいじゃん!」
「よくないっ!」

興奮する生徒たちの前に両手をあげて制止するシンジ。
「皆に先に言っておくけれど、ぼくはネルフの監査部がついててね。今も盗聴されているんだ」
生徒たちは一斉に開いた口から出かけた言葉を飲み込み、軽く引く。
それを見てからシンジはトドメを刺す。
「だから何でも答えてあげてもいいけど、両親呼び出しされるのは覚悟してね」
そういって顔の前で手を組み、ゲンドウを真似たニヤリ笑いを炸裂させる。
そこでやっと自分に対するデメリットに気づいた生徒は、幾人か席に戻っていく。
じゃあ特に問題なさそうなのならいいだろうと、考えがないのか根性があるのかわからない生徒は質問をする。
「じゃさ、どうやって選ばれたの!?」
「国連の秘密機関があってね、ほぼ全人口の遺伝子情報を網羅できるのだけれど・・・今言っておくと、この先聞くと両親呼び出し確定ね」
さすがに根性あった野次馬も、引きどきは心得ているのかクモの子を散らすように去っていく。

しばらくして授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「・・・でありますから、ああ、では今日はこれまで」
「起立、礼!」


そしてシンジは呼び出された。
わかっていたことなのでシンジも落ち着いている。
余裕をもって不意打ちで殴りかかる黒ジャージから飛びのく。
「すまんなぁ、転校生。わしはお前を殴らなあかん。殴っとかな気が済まへんのや」
「悪いね、この間の騒ぎで、アイツの妹さん、怪我しちゃってさ」
「・・・怪我だって?」
「そうじゃ!うちの妹はなぁ!おまえらの戦いのせいで崩れたうちの壁の下敷きになったんじゃ!」
「まて!戦闘中じゃないだろ、それ!」
「それがどおしたあああああああ」
トウジが追い、シンジが逃げる。
それも追いかけるのが可能な範囲で。
「黙ってなぐられろやぁ!」
「このあほ〜っ!」
とか言いながらなのでトウジも追撃を諦めない。
「バカならともかくアホとはなんじゃあああ」
「つっこむとこ、そこかー!」
会話だけ聞くとバカバカしいものだがトウジは必死の形相で殴りかかっている。
何度か攻撃を避けて、ケンスケとの位置関係を確認したシンジはギリギリでトウジの足を引っ掛けてかわす。

バキッ!ドシャアァ!!ボキ!
顔を青ざめた黒ジャージの少年が呟く。
「あ・・・・」
くせっ毛のある茶色の髪をもつケンスケ、彼は不幸だった。
トウジの拳がいい具合にケンスケの目の横の骨にあたり、強烈な痛みを与える。
さらに、トウジはケンスケに倒れ掛かった。
骨折でもしたのか鈍い音がした腕をケンスケが押さえる。
「んが、がアアアアア」
ケンスケの悲鳴が校庭に響き、教師がやってきて現場の収拾にかかる。
シンジは教師の前でトウジと並ばされている中、トドメといえる言葉をかける。
「パイロットになったのって1週間ほど前なんだけど。ぼく、なんか関係あんの?」
しばらくして担架で運ばれるケンスケ、ケンスケ・シンジに謝るトウジ・・・・
周囲もケンカを仕掛けていたのがどちらか判っているため、教師の詰問に助けの声を上げてくれる。
教師にシンジとトウジがつれていかれそうになった時、携帯が鳴る。
「先生、申し訳ありませんけどネルフの非常召集です。後日伺わせていただいてもいいですか?」
「やむをえん、いいぞ」
苦虫を噛み潰したような表情で若い男性教員が許可を出す。

カバンのことが一時よぎったが、シンジは移動準備にかかる。
所持している携帯でネルフで学校周辺で詰めているネルフの車を廻させる。
電話しているとレイが通りかかったので声をかけ、一緒に車に乗り込む。
あそこまでやるつもりじゃなかったんだが・・・・
そう思ったが、これでシェルターの外には出てこないだろうと納得することにした。



<ネルフ正面ゲート>

減速した車が到着する。
「司令がお呼びだ。司令室に向かうように」
「わかりました。ありがとうございます」
シンジは運転してくれた保安部の方にお礼を言う。
すぐにドアが開き、シンジとレイが降車する。
非常警報が鳴り渡り、職員たちが忙しく動きまわっている。
シンジは戸惑って疑問を口に出す。
「使徒じゃないのか?」
「いかないの?」
どういう意図があろうが向かうしかないだろう。
レイの言葉は短いが、そういう意味かと思いなおす。
ゲンドウのように言外の言葉を含んだ言い回しだ。
・・・・たぶん
「行こう。レイ」
「わかったわ」
シンジは妙な違和感があった。
レイはじっとシンジを見つめている。
レイも司令室への呼び出しに困惑しているのだろうか、そう思いながらシンジたち2人は司令室へ歩き始めた。



<発令所>

「この前は15年ぶり、今度はわずか3週間ですからね……」
「こっちの都合はおかまいなしか。女性に嫌われるタイプね」
眼鏡のオペレーターのセリフにその上司、葛城ミサトは軍人ジョークで答える。
発令所はいまだ遠くからの情報収集に努めていた。
「エヴァは出せるの!?」
《エヴァンゲリオン出撃準備完了まであと15分》
アナウンスが丁度流れ、一息つくミサト。
「正直、全改装されたのと変わらないのよね。見てる分には・・・」
「でも動力がバッテリーに頼らなくてもよくなったんですよね。前よりは強いのでは?」
「そう願いたいわね・・・」
ミサトは不安を噛み殺す様な表情でモニターを凝視していた。



<司令室>

「失礼します」
「入れ」
インターホンで短い会話を行い、シンジたちは司令室に入室する。
明るい室内には花が飾られ、ラベンダーやナスタチュームが良い香りを放っている。
ユイが2人を迎え、応接の椅子に座るように指示されたシンジは訊ねる。
「戦闘がこれからあるんじゃないの?」
「ユイ・・・」
ゲンドウがユイに短く指示を出すように伝える。
他の人では何を指示されたのかわかないものだったが、心得たものでゲンドウに頷くと2人に説明を始める。
「まず、使徒はやって来るけど出撃はないわ」
「な、なんで!?エヴァでないと倒せないんじゃ?」
「見ていればわかるわ。その後、何があるのか説明します・・・発令所に向かって頂戴」
「う、うん・・・」「わかりました」

退出した2人を見送って、ゲンドウとユイは顔を見合わせる。
「・・・いいんだな?」
「シンジは・・・許さないでしょうね」
「・・・・次は許さん」
「ありがと、あなた」
ゲンドウの首に背後から腕がまわされる。
ユイの目には光るものがあった。
言外の意味を正確に悟っているのだ。
ゲンドウはその腕にそっと手を伸ばす。
彼らはたとえ世界が変わっても夫婦であったことを幸福に感じていた。

だが、しばらくすると腕が緩やかに絞まっていく。
「む・・・?」
首を回し、ゲンドウが後ろを向くとユイがニコニコと笑顔でゲンドウを見ている。

────────ドクン

ゲンドウの心臓がきっかり1秒間、活動を停止する。
「・・・リツコちゃんのこと。知らないと思った?」

・・・・司令室でその後、何があったかは本人たちしか知らない・・・



<発令所>

「どうしたの!着替えもしないで!!」
「司令の指示です」
無表情にレイが答え、見る間にミサトの表情が歪む。
「なんですって!あんのヒゲメガネ、状況がわかってんでしょうねぇ・・・」
「・・・・葛城くん」
「は、はいっ!」
発令所司令フロアにタイミングよくゲンドウが現れ、ミサトは背中から冷たい汗がぶわっと噴出した。
「減棒1ヶ月・・・」
「えええええ、は、はいわかり・・・了解しましたぁ」
さめざめと涙を流しているかのような表情でがっくりと肩を落とす。
それは彼女の食卓からビールが減ることを意味していたからだ。
なお、現れたゲンドウの眼鏡は新しい物に変わっていた。



<シェルター>

「ああ〜っ、ちくしょ〜っ」
携帯テレビをにらんでいたケンスケが落胆の叫びを挙げた。
骨折か骨にヒビでも入ったのだろう、腕を三角巾で吊るしている。
テレビが<ただいま、放送を中断しております>と、表示されているのを横目で確かめたトウジがTPOを弁えない友人に非難の色を滲ませ、言い捨てる。
この戦いで家が壊れる人間がこの中にいるかもしれないのだ。
「まあったく、お前もアホやなあ」
「くううっ、こんなビッグイベントだってのに、僕ら一般市民には見せてくれないんだあ」
「まあ、ワシらにはここでおとなししとれっちゅうこっちゃろな」
この後で被害者となった人間がイベント呼ばわりされたことを知ったら許しはしないだろう。
悶えていたケンスケの首が回り、トウジに向き直った。
「そんな他人事でいいのか、トウジ?」
「いいのかって、どういうこっちゃねん?」
まさか妹のことをいっているのか。と、思ったトウジはケンスケを睨み付ける。
トウジはケンスケに目を合わせようとするが、眼鏡が電灯の光を白く反射していた。
悪巧みを行う者の眼鏡は光らねばならないという法律でもあるのだろうか?
「お前、俺を殴っただろ。借りがあるんじゃないのか〜?ん〜?」
「いや、そりゃ不可抗力っちゅうやつじゃ。悪いとは思っとる。それと他人事と、どういう関係があるっちゅうねん」
「アイツの戦いを見届ける責任が俺にはあるんじゃないだろうか」
「・・・・すまん、ちょっとそのボケつっこみにくいわ」
「ここから抜け出すルートを知ってるんだ。手伝ってくれ……」
「・・・・お前、ホンマ、根性ババ色やなあ」
借りがあるのは理解できる。
正直手を貸したくはないのだが。

「スマン、イインチョ。わいらトイレや」
そう言い残し、彼らは外へ向かった。
「あれ?戦いは?エヴァはどこだ〜!?」
「なんもあらへんなぁ・・・」
予想に反して外は警報が鳴っている以外は平和だった。



<太平洋上>

大きなダークパープルのツチノコのような、使徒らしき物体が空を飛んでいる。
戦自の戦闘機が6機編隊を組んで追尾していたが、距離があるためか使徒は反応しない。
タイミングを計っていたのか戦闘機は迎撃行動に移っていった。
フィールドも張っていないように見えるが、ダメージはないのか使徒は意に介さない。
「エヴァの出撃準備、本当にしなくていいんですか?」
心配そうなシンジにユイが柔らかな表情で頷いて返す。
「これからよ、しっかり見てて」
皆が困惑気味にモニターに視線を飛ばす中、ゲンドウは顔の前で手を組んだまま口の端を上げて嗤っていた。

ダメージが認められないまま上陸しようかと思われた使徒の後方で戦闘機が去ってゆく。
その後方から赤い煌きがモニターに映る。
「あれは何!?」
ミサトがいち早く見つけて声を上げる。
その光は次第に大きくなっていく。
「ATフィールドの反応です。モニター拡大します!」
オペレーターの声で皆が注目する。
「信号を確認。エヴァンゲリオン弐号機です」
「なんですって!?」
ミサトの驚きの声が発令所に響き、冬月がゲンドウに質問する。
「知っていたのかね?」
「ああ」
ゲンドウはそう言い放ち、ユイに目配せをする。



<第三新東京市郊外の海岸沿い>

飛行中の弐号機の中では金色に輝く髪をヘッドセットで束ねたアスカがエントリープラグに映し出された使徒を睨みつけている。
その双眸は紫色に輝いていた・・・
「やっと来れたわね。・・・・惣流=アスカ=ラングレーいくわよ!」
弐号機は背中の赤く輝くATフィールドの羽が輝きを増す。
速度のあがる弐号機。
その姿が使徒に追いつくかと思われたとき、弐号機は体を支点にして回転を始める。
使徒がATフィールドを張るが、そのまま弐号機は使徒をかすめる様にして交差する。
硬く、薄いガラスが割れるような音をして体を抉られた使途が海岸に落下した。
落下した使徒の体は分断され、しばらくして十字の炎を上げた。
炎を確認するかのように宙に浮かんでいた弐号機は、そのまま第三新東京市の方角へ飛び去った。

「使徒の反応。消滅しました・・・」
「どういうことよ!アスカはまだドイツにいたんじゃなかったの!?」
混乱し、喚くミサトをよそにリツコが司令に視線を投げかける。
司令がこの展開を知っていたとしか思えなかったのだ。
「使徒は殲滅された。弐号機の受け入れ準備にかかれ」
ゲンドウの指示が飛び、納得がいかない職員も仕事にかかってゆく。
ユイの手がゲンドウの肩にかかり、視線を交わす。
「赤木博士、司令室へ」
「了解しました・・・」
状況の説明が受けられるかもしれないと思い、質問を思考しながらリツコが返答する。
「どうなってんのよ・・」
そこにミサトの呟きは答えられるものはいなかった。



<司令室>

ゲンドウが司令席に着席する。
冬月はいつものように傍らに立つ。
少しすると、シンジとレイがユイに伴われて入室してきた。
「父さん。どういうこと?」
「・・・赤木博士が来る」
目でユイに促され、シンジとレイは応接のソファーに掛ける。
やがてリツコが入室し、ゲンドウが重々しく言葉を発する。
「ドイツ支部から連絡が入った。弐号機の実験中、使徒来襲の報が入ると同時にセカンドパイロットのシンクロに異常が見られていたそうだ」
「いつのことかね?」
「17日ほど前だ」
ゲンドウと冬月の言葉にシンジは顔を跳ね上げると、ユイの表情を伺う。
「そういうことね」
ユイは片目をつぶり、シンジを肯定する。
「そうか、それで・・・」
納得したのか顔を前に向け、考えるシンジだったが意味を正確に図りかねるリツコはゲンドウに質問する。
「使徒が来襲してから行動が変わっている人間があまりにも多いように思いますが、理由について教えていただけるのでしょうか?」
「問題ない」
続けて言い募ろうとしたリツコだったがシンジがその答えを返す。
本来、ゲンドウかユイから答えが返ってくるものだと思っていたリツコは驚きの表情で振り返る。
「それはね、リツコさん。ぼくらがサードインパクトが起こってしまった未来から戻ってきた人間だということですよ」
「未来・・・から・・・?」
想像を超えた、しかしつじつまは合う。
しかし彼女は良くも悪くも科学者であり、その言葉だけで納得するには至らなかった。
「なっ・・・!」
冬月はただ驚き、言葉をつなぐことがいまだ出来ないでいる。
「戻ってこれた方法ですが、ぼくにもよくわかってはいません。記憶どおりならサードインパクトが起こった後レイがぼくの望みを聞き、かなえてくれたとしか・・・」
「その証明は・・・できないわけね」
「心だけなら戻せるとか言っていましたが、正直よくわかりません」
「心というのは記憶のことかしら、それとも魂?」
「すみません」
謝るシンジだったが、ユイの言葉に目を見開く。
「赤木博士。タイムスリップしてみたいですか?」

リツコは固まってしまっていた。



<ネルフ第二ケージ>

10分ほどかけて弐号機はネルフ格納庫に収容された。
忙しそうに動く職員の中、エントリープラグからアスカの姿が現れる。
搭乗用タラップを降りたところでは、ミサトやシンジたちがアスカを迎えていた。
「アスカ、久しぶりね」
そう声を掛けるミサトだが、明らかに機嫌が悪い。
降りてきたアスカを睨みつけるようにしている。
「そうね、久しぶりねミサト」
「聞いてなかったわよ、どうしてドイツから?」
「説明はこれからするわ。司令はどこ?」
「司令室にいるとおもう・・・けど」
詰問するミサトの口調だったが、アスカの冷たい雰囲気に異常を察したのか口ごもる。
アスカの双眸は心なしか紫色の光をたたえている。
アスカに声を掛けたそうに近寄ろうとしたシンジだったが、アスカの苦虫を噛み潰したような表情の前で足が止まる。
「そこどいて、着任の挨拶にいくわ」
シンジの肩を突き飛ばすようにしてアスカは出て行った。
顔色を蒼白にしたシンジの足は震え、立っているのがやっとのように見える。
「シンジくん。アスカになんかしたの?」
シンジの顔色を見て訝しむミサトだったが、返ってきたのは震えている声だけだった。
「わかりません、どうして・・・アスカ」
誰も答える者はいなかった・・・・
そんな中、携帯が鳴る。
ユイからの着信を確認し、シンジが通話を始める。
「わかった!すぐいくよ」
「どうしたの!?」
ミサトは只ならぬ様子にシンジに問う。
「来てください。ミサトさんも!」
シンジの様子に何か感じたのかミサトは黙って頷く。
2人が走って後にしたケージには整備作業の音だけが響いていた。



<司令室>

いつもの照明が絞られた司令室でゲンドウがいつもの姿勢で座っている。
しばしたち、インターホンが鳴る前にドアが開く。
「失礼します」
「・・・・・・・・」
返事をしないゲンドウの前にアスカは進むと姿勢を正し、敬礼と共に着任の挨拶をする。
「惣流=アスカ=ラングレー着任の挨拶に参りました」
「そのような命令は下されていない。弐号機パイロット、なぜ勝手にドイツを離れた」
「それは・・・・・こういうことよっ!!」

──ズブッ

その瞬間、引き絞られた弓から放たれたかのような速度でアスカの体が飛び出す。
その勢いで突き出された手刀はゲンドウの胸を易々と貫いた。
ほどなくアスカは赤く光る腕をゲンドウから引き抜く。
倒れた花瓶からは水が机一面に広がる。
ゲンドウの胸から大量の血が流れ出て、花瓶から零れた水と混じりあった。
花と血のにおいが次第に広がり、そこは殺人現場となる。
アスカの目からは光るものが流れて床に落ちていた。
「シンジ・・・・」
アスカは口の中で噛み締めるように呟いた。
水摘が落ちるような音の中、声を押し殺したアスカの泣き声が響いていた。



To be continued...
(2009.03.28 初版)
(2009.04.04 改訂一版)


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