<碇邸 某所>

光量を抑えた狭い室内に機械の駆動音が響く中、着流し姿のゲンドウがどこかと通話していた。
ウィーン──ウィーン──
部屋の扉には金属製のプレートが打ち込まれている。
【 W.C 】
ゲンドウがウォシュレットの水勢を最大にして尻を洗っている。
洗面台の小さなテーブルには、蓋のあいた缶ビールが1本置いてある。
「また君に借りができたな」
《返すつもりもないんでしょ?彼らの計画に割り込むのはシナリオ通りですよ》
《政府は裏で情報開示の法的整備を進めていますが、近日中に頓挫の予定です。例の計画のほうもこっちで手を打ちましょうか?》
「いや、問題はない」
《では、シナリオ通りに》
夜もふけ、時差を考慮した電話のみ帰宅してから行うゲンドウだった。



<赤木邸>

「皆様には後程、管制室の方にて、試運転をご覧いただきますが、ご質問のある方はこの場にてどうぞ」
「はい!」
「これは、ご高名な赤木リツコ博士、お越しいただき、光栄のいたりです」
時田と呼ばれた、演台の中央の髪の薄い40代くらいの男が慇懃に礼を返す。
「質問を、よろしいでしょうか?」
「ええ、ご遠慮なくどうぞ」
「遠隔操縦ということですが」
「パイロットに負担をかけ、精神汚染を起こすよりは、より人道的と考えます」
「負担という面では確かに。ですが、戦場とラジコン会場とを一緒にしてもらっては困りますわ」
「購入して頂いた方に御高説、お伝えする事にしましょう」
「ところで、武装の説明がありませんでしたが」
「何を希望されるか判りませんのでね。受注生産になります」
「JAがもう一台いたとして、それを一撃で沈黙させられるようになると?」
「可能でしょう」
「手っ取り早く言わせていただきますが、一撃で破壊される原子炉。誰が買うと?」
「皆様のうちで導入の意思ある方から安全性の要請をいただければ、動力は充分な載せ替えスペースを有しております」
「原子炉でなくとも、充分な出力は確保できると?」
「現在も動力に関しては開発中です。ご安心下さい」
「なるほど、つまり出来てないということですね」
「くっ、5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ」
「申し訳ないんですが、5分も動かないというのはどこの兵器のことです?」
「えっ!?もちろんネルフの・・・」
「当方の兵器はパイロットさえ搭乗可能なら稼働時間に制限などありませんが?」
「なんだって!?そんな!」
時田は狼狽して一歩後ずさる。
くすくすと笑うリツコ。
次第に声が大きくなり・・・・

リツコは自分の笑い声で目が覚めた。
「ふっ」
愉しい目覚めだ。人には見せられたものではないが───



<碇邸>

「おはよー、母さん」
「おはようマリ。寝ぐせ・・ついてるわよ・・」
「んー、なおしてくる・・・・」
スリッパのパタパタという足音と共に、マリが洗面所に戻っていく。
それを食事しているシンジが目で追うが、少しして向き直る。
「ほんとに母さん、今日学校これるの?」
「ええ、午前中は美容院予約したから、済ませたら学校にいくわ」
「でも、4人も1人は大変でしょ」
「あら、心配してくれるの?父さんは今日は出張だしね」
「あ、う、うん」
「優しいわねぇ、シンジは」
「母さん、醤油とって」
ジンが会話をぶつ切りにして割り込む。
「はいはい」
もうユイも慣れたもので、キッチンの醤油をジンに渡す。
シンジはまだ照れが抜けていないのか、テーブルに視線を移している。
「さんきゅ」
「しかし進路相談っつってもさ、なんて言っとけばいいんだ?いっそ、パイロット就職が義務付けられてるっていっとくか?」
「ああ、問題ない」
本日、初めて喋ったゲンドウにジンは表情だけは真面目に取り繕う。
「親父、その台詞スキだな・・・」
「ああ・・・」
我慢できなくなったのか、真っ先にユイが吹き出す。
「あはははははははは・・・・」
碇家の朝食の時間は、こうして過ぎていった。



新世界エヴァンゲリオン 帰還者の宴

第六話

〜宴の招待(SHOW TIME)〜

presented by じゅら様




<ジオフロント エスカレーター>

過去を体験した者から見れば、やはりといった具合でミサトが愚痴る。
「ほーんと、お金に関してはセコい所ねー。人類の命運をかけてるんでしょ?ここ」
「仕方ないわよ。人はエヴァのみで生きるにあらず。生き残った人たちが生きていくにはお金がかかるのよ」
リツコは、何をいまさらといった面持ちであきれたように言う。
「予算ね。じゃあ司令はまた会議なの?」
「ええ、今は機上の人よ」
そんな辛気くさい2人の会話を変えようと、マヤが妙に明るい口調で口を開く。
「司令が留守だと、ここも静かでいいですね」
「まあねん」
「ミサト。そろそろ第二いくわよ」
「はいはい」
エスカレーターが目的地に到着して各自散っていく。
「それじゃ、マヤ。あとはまかせたわ。何かあったら副指令に」
「わかりました」
ミサトとリツコは発令所から出て行く。
行き先は第二東京市。
日本重化学工業共同体の実演会招待という名のイベントだ。
会話のシミュレートもさんざんやった。
実に楽しみだ、ともすれば頬が緩みかける。
リツコは心なし足取りが軽く感じられていた。
そんなリツコを、ミサトは何か危ないモノでも見るような目で見ていた・・・



<UN797軍用機>

他に乗客のいない軍用機の中、ゲンドウは窓の外を何とはなく眺めている。
最も眺めているといっても他の事を考えている。
視線のはるか先の月、ただ視線は動かないでいた。
「失礼。便乗ついでに、ここ、よろしいですか?」
ゲンドウに、声がかけられる。
誰もいないフロアにやってきたのだ。
ゲンドウも気がついていた。
ゆっくりと振り返ると、短髪の東洋人らしき男がこちらを向いていた。
乗り込んだときいた軍人の一人だ。
服装は、国連に所属しているらしい主張をしている。
ゲンドウは、ただ黙って頷く。
男は軽く頭を下げ、ゲンドウの横の座席に座る。
「サンプル回収の修正予算、あっさり通りましたね」
「委員会も自分が生き残ることを最優先に考えている。そのための金は惜しむまい」
「使徒はもう、現れない、と言うのが彼らの論拠でしたからね」
薄く笑いながら自分の頭を撫で上げる。
「だが、使徒は再び現れた。われわれの道は彼らを倒すしかあるまい」
「私も、セカンドインパクトの二の舞は、ごめんですからね」
それきり会話は途切れ、機内のモニターに2人とも向けていない目を向ける。



<第三新東京市立第壱中学校>

そして、放課後。
授業は進路相談の為に早めに終了し、クラスの生徒達は思い思いに時間を過ごしている。
「お、ケンスケ!見てみぃ!」
急に、トウジが大声を出した。トウジは、窓の外に身を乗り出している。
呼ばれたケンスケと、興味を持った他の生徒達数名、そしてシンジたちは、窓際に近寄って外を見た。

眼下に見える校庭に一人歩く女性の姿が見える。
赤い和傘をさし、薄緑の和服姿──
これで年配であれば極道の妻ととられても可笑しくはないが、どうみても20そこそこの女性だ。
「「おおおおお〜ッ!!」」
トウジとケンスケは、歓喜の叫びをあげる。
和傘を少し後ろに傾け、暗茶色の髪で振り向くのは、和服に身を包んだユイであった。
「「だ、だれやあれは〜!?」」
「あ、母さん・・・」
生徒たちの声に応えるかのようにシンジの声が教室に響いた。
「なんだってえええええええ!!!」
一瞬してから後、教室は驚きの声に包まれる。
「あれが!?母さんやて!?」「うちの姉貴より若いんじゃねーのか、ありゃ」「うそー!」
「後妻さんか!?」「お姉さんじゃないの!?」「美人だ」「そいやマリちゃんに似てなくも」
大騒ぎとなった教室を後にして、シンジ達兄妹は母を迎えに廊下に出る。

廊下の向こうからシャナリといった擬音が響いたような、幻聴が聞こえた。
中学生の群れが十戒のように割れる中、舞妓が通るようなカランコロンという音を立ててユイがやってくる。
笑顔でゆらゆらと揺れるように、優雅に歩いている。
人目を引きすぎる母に頭痛を覚えるシンジたちだった。



<国立第3実験場>

ネルフ所有のジェットヘリでミサトとリツコは第二東京の国立第3実験場までやってきていた。
「ここがかつて花の都と呼ばれていた大都会とはね」
「着いたわよ」
ヘリが広大な敷地の中に建設された巨大な施設に着陸する。
「何もこんな所でやらなくってもいいのに。で、その計画、戦自は絡んでるの?」
「戦略自衛隊?さあね」
「絡んでるっていうの?それにしちゃ好きにやってるわね」
ヘリがざっと見て2・30台ほど既に着陸している。



<記念式典会場>

【祝 JA完成披露記念会】
そう書かれた垂れ幕が飾られた会場に通されたミサトとリツコは、周囲と同じく料理が並んだテーブルにつく。
周囲を見ながらミサトが料理に付け併わされたフルーツを口にいれたとき、壇上に一人の中年男が出てきて挨拶を述べる。
「本日はご多忙のところ、わが日本重化学工業共同体の実演会にお越しいただき、まことにありがとうございます」
会場の照明が少し落とされ、正面のスクリーンにJAの映像が映し出される。
「皆様には後程、管制室の方にて、試運転をご覧いただきますが、ご質問のある方はこの場にてどうぞ」
リツコは直前に配布された商品説明書を見て動揺していた。
シンジに聞いていたモノとも事前調査でのモノとも違う。
いや、立面こそほぼ同じだが実用時の写真に明らかな違いがあった。
4足歩行、それに背面にある長く伸びた2門の砲塔。
戦自の戦略自衛隊技術研究所で試作されたはずの460mm陽電子砲。
型番FX−2と記されている。
戦自の天下り役員を数多く抱える日重工、そのコネで秘蔵の兵器である陽電子砲を?
いや、戦自はやはり介入していたのだろう。
しかし、確かに4足なら地形を考えずに超長距離射撃で後方援護できる。
動力に問題はあるが、それ以外であるならばネルフでも1機欲しいと思わせるものである。
とりあえず質問に移らせてもらうことにしよう。
できれば方向転換した時期を調べてこちらの細工がまだ生きているか探ってみよう。
リツコは戸惑いを胸に収め、控えめに挙手を行う。
「はい・・・」
時田といわれる中年男。
だが、どうして前調査から方向転換することになったのか・・・
リツコはそのあたりから話を聞くことにした。
「これは、ご高名な赤木リツコ博士、お越しいただき、光栄のいたりです」
「質問を、よろしいでしょうか」
「ええ、ご遠慮なくどうぞ」
「前もって配布された説明書とは違うようですが、どういった経緯で?」
「遠隔操縦では緊急時の対処に問題を残します。格闘を行う場合、正にそこが弱点になるわけです」
「ええ・・・」
全く持って想定外だ、これは私が用意した台詞ではないか。
「以前の設計ではリアクターを内蔵した陸戦兵器で格闘戦を前提としていたわけですが、それでは敵成体に破壊をされる可能性が例え低くても、万が一があったとき大変です」
「そうですわね・・」
リツコの言葉に"さもありなん"といった表情で、得意げに頷いた時田が説明を続ける。
「故に四足歩行に移行、制御ソフトは2足歩行よりも4足のほうが御存知のように進んでいる訳です」
「何故2足から4足へ突然変更を?」
リツコは、そもそもの原因たる疑問をぶつける
「まぁ実戦のなんたるかはこの国にも軍隊があり、情報提供は受けておりますので実戦に即した形にさせて頂いたわけです」
「そうでしたか・・・」
予習の成果が全く持って振るわない。
だが戦自の介入はあったと判断されるべきだろう。
予想外のリツコだったが、一番の泣き所であろう内燃機関の話題へと矛先を変える。
「先ほどのご説明ですと、内燃機関を内蔵とありますが」
「ええ、本機の大きな特長です。連続150日間の作戦行動が保証されております」
「安全性の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが」
「もちろんそれは認識しております。次期開発動力の水素核融合炉導入までは腰から延びたケーブルで電力を供給する方式もとれます」
5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ──
そう言われると思っていたリツコは毒気を抜かれる。
まさかエヴァと同じ方式を公然と肯定するとは思ってもみなかった。
それに水素核融合炉?あれはまだ軍用には遠い代物のはずだったと記憶している。
まずはケーブルのほうから探りを入れることにしよう・・・
「電力ケーブルで背中の武器が使用可能であると?」
「ええ、かなりの蓄電媒体を炉心の代わりに導入することで可能となります。ですが充電に時間がかかってしまいます」
「そうでしょうね・・」
「核融合は核分裂の時と異なり、出来るものはヘリウムです。中性子も出るので、炉心内部は放射化されますが、これは低放射化材料で解決されます。核融合は発生する中性子の処理さえ工夫すれば、放射性廃棄物のレベルは大きく下げられるのです」
時田は話漬けで喉が乾いたのか、後ろのスタッフからコップを受け取り喉を湿らせる。
「まぁ、国連の協力があってこそですがね、融合炉のほうが出力は確保できるでしょう」
国連!?まさかゼーレがこのJAを容認しているというのか!?
ネルフに伝わっていない訳がない。
あまりのイレギュラーに、リツコの困惑は歯止めが効かなくなりそうになってくる。
「しかし、融合炉は2030年まで実験段階の予想が学会では発表されていたはずです」
わからない事が多すぎる。
「そうですね、ですがその予想が為されたのは2004年あたりではなかったですかな?まぁ、時として文明の進歩は一足飛びに起こるということですな」
これではただ質問しているだけだ、何とかできないものか・・・
「それではそろそろ管制室の方にて、試運転をご覧頂きたいと思いますので移動を宜しくお願い致します」
「ぁ・・・」
時間を食いすぎた。
ATフィールドの話を振る事もできずに質問が締め切られ、会場の皆と共に退室を余儀なくされたリツコだった。


十分くらいして、管制室への移動を促すアナウンスが流される。
ミサトとリツコが到着してしばらくして時田が会場の招待客たちに、にこやかに話しかける。
「これより、JAの起動テストを始めます。何ら危険は伴いません。そちらの窓から安心してご覧ください」

「起動準備よし」
時田はやや興奮気味に命令を下す。
「テスト開始!」
「全動力、開放!」
オペレータたちもそれに応え、実演を進める。
「圧力、正常」
「冷却器の循環、異常無し」
「制御棒、全開へ」
「動力、臨界点を突破」
「出力、問題なし」
そして、本日一番の大きな声で時田が高らかに宣言する。
「歩行形態への移行開始!」
「了解。移行を開始します」
「歩行、前進微速、右足、前へ」
「了解、歩行、前進微速、右足、前へ」
会場が沸き立つ。
巨大兵器はネルフしか現在所有を公表はされていない。
初めて目の当たりにした連中も多いのだろう。
「バランス正常」
「動力、異常無し」
「了解、引き続き、左足、前へ」
「よーそろ」

ミサトは何も知らない為か、気楽に感想を述べている。
「へーぇ、ちゃんと歩いてる。自慢するだけのことは、あるようね」
何事もなく歩いている。
それはつまり2足から4足に移行した時、または直前に制御プログラムを更新したのか。
あるいは介入自体・・・
リツコが自分の考えに没頭する間も実験は進み、オペレータが中継結果をアナウンスする。
「JAは実験場を周回。予定通りです」
砲撃実験のみ後日戦自の演習場で行うらしい。
国立第3実験場では陽電子砲の長い射程を充分に発揮できない為だと説明があった。
おそらくは時間稼ぎだろうと思うが・・・
そのまま実験はつつがなく終了した。



<UN太平洋第三艦隊>

ゲンドウは、ユイから太平洋上での使徒襲来を聞かされていた。
それゆえ、輸送されるモノとしてドイツの建造中だった最終モデルのエヴァ乙号機と渚カヲルを搭乗させることにしていた。
武装はナイフ1振りのみ、背中には翼状の装甲が見える。
使徒がくる予定の日まで暇でしょうがないカヲルはイージス艦の甲板に出て舳先で口笛を吹いていた。
帰還者には馴染み深い、あの第九だ。
そんなカヲルの横にいた軍服を着た、かなり大柄な黒人から声が掛かる。
「若いのに渋いね」
「そうかい?ドイツの施設で聞けたのはこれくらいでね」
「そりゃ不幸だ。世界はこんなにも歌に満ちているというのに」
残念ながら確かにそうだ。
あまり歌には巡り合う機会に恵まれているとはいえなかった。
だから、ちょっとした気まぐれだったかもしれない。
「いい歌を知っているかい?」
そう尋ねた。
「ああ、取っておきを聞かせてやる。ちょっと聞いてろ」
そう言うと呼吸を整えた彼は歌いだす。
いや、詠うといったほうがいいのだろうか。
囁くような、呟くような低く響く声。
きっとリリンとして美声というものではないのだろうが。
The moon is blue.
The snow is white too.
Day a thousand,
I have a few billion more than the night came.
I see them bloom.
いつしか甲板の他の船員も手を休め、彼の歌に耳を傾けている。
カヲルは歌というものは狼の遠吠えのように澄んだ音が最上であると思っていた。
そう、今までは──
The wanders far.
I think to myself,
"Its a beautiful fortune!"
口笛と歓声が沸き起こる。
彼は知っているのだろうか、私という存在を。
ヒトを滅ぼすか自ら滅ぶしかない存在を。
彼は満面の笑みを浮かべ、こう尋ねてきた。
「どうだ?」
「好意に値するね」
「サンキュー」
だが、最後の下りはまるで自分に宛てたものではないかと思った。
何か知っていてこの曲を歌ったのだろうか?
いつもなら笑顔ですぐ返せただろう。
そういえば拍手も忘れていた。
しかし、おそらくは第九を初めて聞いたときよりも遥かに素晴らしかった。
だからだろうか、彼にこんな事を聞いたのは・・・
「教えてくれるかい?」
彼は返事を白い歯を輝かせた目一杯の笑顔で応えてくれた──



<ネルフ司令室>

リツコがゲンドウに式典の報告を行っている。
「ご苦労」
「予定と大きく異なっていますが?」
「委員会はアレを容認した。問題はない」
問題がないとはいい難いのではないだろうか。
そう感じたリツコは、すぐさま肯定することができなかった。
「しかし・・・」
「使い物になるのなら利用するまでだ。アレは完成次第、国連を通して配備させる」
「了解しました」
完成がいつになるのか判らないがここは承知するしかない。
リツコは礼をして退出していった。




<UN太平洋第三艦隊 オスロー>

数日が経過した。
飄々と、甲板で水平線に浮かぶ月を見ていたカヲルは何かの変化を察知する。
「どうやらお出ましのようだ」
海しか見えない方向にカヲルは視線を向けた。
旗艦より入電され、カヲルの乗るオスローにも警報が響き渡る。
隣に座ってコーヒーを飲んでいた黒人の男性に、カヲルが雰囲気にそぐわない笑顔で宣言する。
「じゃあ行くよ」
「そうか、気をつけてな」
「ありがとう・・・君に合えて、嬉しかったよ」
「はやく行きな、グッドラックだ!」
そんなカヲルの背中をバンと叩き、右手の親指を立てて男は艦内に戻っていく。
「グッドラック」
同じように返答を返し、カヲルは自機たるエヴァ乙号機に向かって歩いていった。
(水中衝撃波か、近いようだね)
ひどく揺れる甲板だったが、カヲルは全く体軸が揺れない。
やや遠くに位置するフリゲート艦が一隻爆発を起こし炎に包まれた。

バサーッ!
 
カヲルの腕が、一面を覆う防水シートを取り払う。
塞がれていた視界が開け、向こう側に横たわるエヴァンゲリオン乙号機が見える。



<UN太平洋第三艦隊 オーバーザレインボー>

ブリッジでは、突然海中に現れた未確認の移動物体のために混乱状態にあった。
索敵警戒を怠っていたわけではなかったが、海中から急速に接近した移動物体は艦隊を次々に強襲していた。
「艦長。フリゲート艦の最後の通信では目標は巨大なエイとありましたが・・・やはり?」
「ああ、止むをえん。渚監察官を呼び出せ!」
「しかしっ・・いえ、了解しました」
だが、艦長が次の手を打つより早く事態は急転していた。
「艦長! オスローより入電! エヴァ乙号機が起動中との事です!」
「そうか、監察官との連絡は?」
「取れました、出します!」
通信士が艦長に向かって叫んだ。
《ちょっとお騒がせするよ。艦長、協力をお願いするよ》
「ああ、渚監察官。先だって話は上から聞いている。未確認の移動物体への対処を、現時点をもって委任する」
《感謝するよ。では》
通信が切れ、艦長は席に深く座りなおす。
「見せてもらうとするか、エヴァの性能とやらを」
「国連は何故、未確認物体がここに来ると言って来たのですか?」
「わからんよ」
それきり、艦長と副艦長は沈黙に包まれた。



<UN太平洋第三艦隊 オスロー>

オスローの甲板上に、黄土色の巨体が防水シートを肩に掛けて立ち上がった。
カヲルは乙号機を使い、器用にシートを前方に振る。
ATフィールドを纏った防水シートは巨大な槍のように捻れていく。
「もう、終わりにしよう。ガギエル」
槍が完成すると乙号機は体を僅かにしならせ、空中に舞い上がる。
それと同時に背面装甲から白く輝く翼が展開される。
やがて、海中を徘徊していたガギエルが目標を定めて乙号機に向かう。
ガギエルは宙に飛び上がり、乙号機を飲み込まんとばかりに大きな口を開く。
艦の乗組員は、神話のリヴァイアサンとそれを討つ天使。
そんな一種荘厳な絵画が、何よりも大きく空に映しだされたように感じた。
だがそんな一瞬、カヲルは悲しそうな顔をする。
君たちは、死すべき存在・・・運命か
「これが僕の使命なのさ」
そう独りごちる。
だが、一つだけ彼のために出来ることを思い出す。
ガギエル・・・
君を想って泣いてやる者が一人くらいはいてもいいだろう。
カヲルは、ここ数日教えてもらっていた歌を静かに歌いだす。
「The moon is blue.The snow is white too.Day a thousand,
I have a few billion more than the night came......」
投擲された槍は大きく開いた口に吸い込まれ、ガギエルは体の大半を海に吹き散らせた。
やがて、歌い終えたカヲルはオスローに降り立ち、空を見上げる。
そしてカヲルはひとりつぶやく。
「月がきれいだね。そうは思わないかい」
月は、ただ静かにやさしく微笑んでいた──



To be continued...
(2009.04.11 初版)


(あとがき)

初書バージョンではルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」だったのですが
著作権の問題が発生しないようにするために作詞することにしました。
もし興味をお持ちになられた方は聞いてみることをお勧めします。
音楽は現代に近づく程、歌には贅肉がついている物が多くなってきたような気がします。
素朴な歌はダブリスの心に響くのでしょうか?



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