紅いACが荒野のど真ん中で跪いている。
その足下には一人の女性がペットボトルを手に持って黄昏れていた。

PPP………

ACのコアから聞こえた通信を知らせるアラームに、
女性は少し嫌そうな顔をしてコックピットへと登り、通信機をオンにした。

「はい、何?」

『私だ。先程アークからメールが来た』

通信機の向こうの声の主は男性だ。
彼女より低い声で、用件を淡々と述べる。

『アリーナでの公式戦の通知だ。
相手は『ミューズ』、全距離対応型の機体構成。
『ウェポンマスター』の称号を持つ中量二脚。
これは了承しても良いか?』

つまりは、だ。
以前彼女に負けたランカーからのリターンマッチなのだ。
彼女はウーン、と唸って、

「分かったわ。
アークには了承のメールを送っておいて。
これからすぐ帰るから、出来れば夕飯の支度しておいてくれると………」

『却下だ』

まだ言い終わってないのに、と彼女は不機嫌そうに言う。

「分かったわよ、じゃあその対戦で勝った日は奢ってよね」

『ちょっと待て、それはほぼ確実に私が奢らされる事になるではないか。
却下だ却下。先の見える勝負はしない主義だと知っているだろう?』

「いーじゃないけちんぼー」

彼女はヘルメットを被るとコックピットを閉じた。
流れる様な作業でOSを起動させ、ACを走らせる。
通信機の向こうの彼はどうやら奢らされる事を諦めたらしい。
どこか悔しそうな彼の捨て台詞を聞いた後、彼女は嬉しそうに言った。

「そんじゃ頑張りますか、ナインブレイカーの名に懸けて」






ARMORED CORE NINE BREAKER 〜Raven's Sky〜

第二話 SECOND WING 真紅の女帝

presented by 与吉様







クルセシティの郊外に彼女……リツコ・クリムゾンキャッスルの家はある。
何の変哲もないただの一軒家の横に一つ小屋を付いているだけの、普通の家。
だが、中は彼女の知り合いから『魔窟』と呼ばれる程に凄いらしい。
何が凄いのかはサッパリだが。
今現在、アスカ・レイ・シンジの三人はこの家の前まで来ていた。
理由は至極単純で、記憶喪失のシンジの記憶を戻す為だ。
リツコはありとあらゆる資格を持ち、アーク内ではこの世界で最高の天才だと言われている。
そのリツコに診せればあるいは、とアスカは考えたのだ。

「リツコ、いる?」

ドアをノックしながら家の中に呼び掛けるアスカ。
ゆっくりとドアが開くとそこには一人の美女がいた。
しかし、格好があれだった。
ワイシャツと下着のみのその姿は三人を呆然とさせた。
そして、家の中から漂ってくるアルコールの匂いにも。

「あら、アスカ。
今日は一体何の用?」

「って言うかあんたこの匂い何よ………」

アスカは鼻を摘みながらリツコに問うた。
因みにレイは両手で鼻と口を抑え、
シンジはアルコールの匂いにやられたのか、家の壁に両手を付いて肩で深呼吸をしている。

「昨日夜遅くまでミサトと飲み明かしてね、それでこんな風になっちゃったのよ」

「『なっちゃったのよ』、じゃなーい!!
一体何本飲んだのよ、あんた等は!!」

「ミサトが缶十六本に瓶二本、私が缶三十七本に瓶六本だったかしら?」

「何でそんなに飲んであんた平気な顔してんのよ………」

アスカはうんざりしながら肩を落とした。
そのまま中に招かれた三人は更に酷い光景を目の当たりにした。
リビングには足の踏み場がない程にビールの缶と瓶が転がっていた。
アスカがとうとう耐えきれなくなって窓を全て全開にした。

「あんた等よくこんなに酒買う金あるわね………」

「私、あまりお金使わないしね、使う時は一気に使わないと」

やはり彼女の金銭感覚は常人と少しずれている。
アスカはハァ、と溜息を吐いてそこらで俯せに寝ているもう一人の女性の腹を蹴っ飛ばした。

「う゛う゛〜痛い〜」

「起きなさい馬鹿ミサト。飲んだくれてんじゃないわよ」

ミサト。ミサト・アンドホールド。
アスカのオペレータにしてリツコの親友。
実はもう入籍している。
その伴侶は今現在彼女をおいて世界中をACに乗って旅している。

アスカに脇腹を蹴られたミサトは頭をガリガリと掻きながら起きた。
んー? と唸ってアスカ・レイ・シンジの三人を見て一言。

「アスカとレイってば、とうとう我慢できなくなって若い子に手を出しちゃったのね」

その後クリムゾンキャッスル家から何かを殴打する様な音がしばらく響いていたが、
約十分程で収まった。
何があったのかは当事者のみが知っている。







Ritsuko Side

「で、その子の記憶を戻したいのね?」

「そ、だからあんたの所に来たんじゃない」

アスカから聞いた所によれば後ろでボーッとしている男の子は記憶喪失だと言う。
正直、面倒なのよね。
大体『記憶喪失』と呼ぶその言葉自体がおかしいのよ。
『喪失』しているのなら戻る訳ないじゃない。
きっと『記憶喪失』と言う言葉を造った医者はきっと言葉の響きとそれっぽさでそう名を付けたのね。
いえ、もしかしたら自分では記憶が戻らないから『喪失』としたのかも知れない。だとしたらお笑いだわ。
と、話しがずれたわね、取りあえずはこの子の症状を診ておかないと。




「なるほどね。アスカ、レイ、入って良いわよ」

ドアを開けてアスカとレイと、オマケでミサトも入って来た。
………まぁ、良いわ。

「取りあえず、そこに座りなさい」

「はーい」

「………」

あらあら、レイは相変わらず無口ね。
じゃあ、簡単に説明しちゃいましょうかね。

「まず、この子の記憶は私が知る限りの方法を試したけれど戻らなかったわ」

すると目に見えて落胆する二人(+一人)。

「取りあえず、常識すら分からないのに自分の名前を覚えている事から、常識を教わらない所にいたか、
もしくは本当に綺麗さっぱり忘れているかね」

「じゃあ、こいつはどっかの紛争孤児?」

「どうかしら、体のどこにも目立った傷痕もないし、それはないわね」

「………どこかの組織の実験体?」

「その可能性は否定できないわね。
まだ精密検査を行っていないから詳しい事は分からないけれど、何らかの反応が出た場合はありえるわ」

「つまり、僕はどこかの企業に飼われていたって事ですか?」

漸く口を開いた彼から漏れた言葉は不安の塊だった。
まぁ、普通の反応ね。
記憶が戻ってどこかの実験体でした、なんて誰でも嫌だもの。

「可能性は否定出来ないわね」

「そうですか………」

目に見えて落ち込む彼に私は、

「取りあえず、精密検査するからこっちに来なさい」

と言い、ラボへと彼を連れて行った。







Asuka Side

リツコがあいつ……シンジを部屋に連れて行って一時間が経った。
その間にあたし達は部屋の片付けをした。
ミサトは最初から戦力に入っていないので結局レイと二人で片付けた。

「アスカ、レイ、入って良いわよ」

片付けが終わりボーッとしていると部屋の向こうからリツコの声が聞こえたのでレイと一緒にドアを開けた。
そこにあるのは診察台みたいなのと変な機械が沢山。
その真ん中でシンジとリツコがイスに腰掛けていた。

「貴女達もそこに座りなさい、ちょっと複雑な話しになって来たわ」

「複雑って、何が」

「この子が記憶をなくす以前にどこにいたのか、それが分かるかも知れないわ」

「つまり、何かあったのね?」

「ええ、面白いものが、ね」

そう言って唇の端を歪めるリツコ。
その笑い方気味悪いから止めなさいって言ってんのに。




「まず、彼は強化人間。それは間違いないわ。ただね、今までの強化人間とは根本的に違うのよ」

「何が違うのよ」

シンジとレイは黙ったまま。
あたしはリツコに問い掛けた。

「通常、強化人間とは薬物投与に人体改良、生体CPUの植え付けによって強化された人間の事を指すわ。
けれど彼はそれがなされていないの。
………いえ、正確にはたった一つの要因で強化されているのよ。
彼の血液を調べた結果ね、面白いものが見つかったわ」


そう言って近くにあったデスクの上のパソコンのキーを叩くリツコ。
そこに表示されたのは………。

「………胎児?」

「赤ん坊、よね? これ」

前者がレイ、後者があたしだ。
レイが言った様にそれは 母胎の中にいる胎児とそっくりの形をしている。
腰を丸めて肘、膝を曲げて全身を丸めている胎児に。

「そう、それが彼の血液中を無数に漂っているの。
で、それを調べたらね、更に面白い事が分かったのよ。
それは彼の血液に溶け込み、全身を巡っているわ。
もちろん脳にも。
そこでこの胎児状の物体達は脳を活性化させている事が分かったわ」

「えっと……つまりこの赤ん坊がこいつの頭の中に入って行って脳を刺激しているの?」

「そう。そして彼の遺伝子構造の約零点一一%を書き換えているのよ。
彼はこの胎児の寄生によって脳を活性化され、遺伝子が常人と若干違い、
結果的に強化人間以上の能力を持ったのよ。
つまり彼は全く新しいタイプの強化人間……と言うよりは新人類と言った方が良いわね」

リツコの最後の言葉があたしの頭の中でループしている。
新しい強化人間?
新人類?
一体全体どこのどいつがこいつ……シンジにそんな事をしたのよ?

「私が予想したこの子を強化人間にした企業……たった一つしかないわね。
キサラギ社。
最もこの世で高い技術力を持つあそこなら何らかのきっかけさえあれば可能だわ」

キサラギ社。
世界最大の研究機関………。
確かにあそこなら可能かもしれない。
かなりシリアスな雰囲気で、皆押し黙った時、

PPP………

と、突然あたしの携帯端末の着信音が、鳴った。







『さぁ! 今日の対戦はトップランカー同士のバトル!
紅の女帝、『イツァム・ナー』、AC名『プロトエグゾス』ーっ!!』

闘技場のゲートから現れた真紅のACを見た途端、観客が歓声を上げた。
ここ十一年間、ひたすらトップランカーの座に居座る女帝、イツァム・ナー。
彼女は皆から畏怖と敬意を込めてこう言われる。

『ナインブレイカー』

ナインを越え、そしてそれすらも越える者と。
もちろんその称号はレイヴンが皆憧れ、同時に畏怖する称号。
かつて彼女をただ一度負かしたランカーACの名からそう呼ばれている。
あたしだって最初は憧れた。でも諦めた。

────だって、次元が違うもの。
彼女以外のランカーには死に物狂いでやれば届きそうだ。
だけれども、彼女……イツァム・ナーには一度も敵うと、届くと思えた事がない。

「あれが、AC………」

隣に座っているシンジが珍しいものを見る様にACを凝視している。
本当に記憶がきれいさっぱり抜けてんのね。

あの時、あたしの携帯が鳴った後。
あたしの携帯にアリーナ対戦観戦券の前売りメールが届いたの。
アークに登録しているレイヴンその他関係者はこの券が三割引で買える。
丁度あたし、レイ、シンジ、リツコ、ミサトで五人、十五割引きだったから即購入。
AC対ACの戦いを見て何が思い出すかもしれないとリツコを説得して町の中心のアリーナまで来たって訳。
本当はイツァム・ナーの戦いが見たかったんだけどさ。

アリーナはAC同士が一対一で戦う闘技場。
アークの資金源の一つでやる度にステージが傷付くけれど、それを補って余りある収入らしい。
今日の対戦はトップランカー『イツァム・ナー』対ウェポンマスター『ミューズ』の対戦。

イツァム・ナーの機体『プロトエグゾス』は全距離対応型の中量二脚タイプ。
右手に持った大型マシンガンと左手に持ったレーザーマシンガン、それとコアに装備されたEOの一斉射が強力。
さらにECM(電波妨害装置)による攪乱にミサイルと、まぁ平凡な機体。

対するミューズの機体、『テンプシコレ』はレーザーライフルにショットガン、
特殊弾倉ミサイルに小型ミサイル、ECMを装備した中量二脚。
完全な全距離対応型で、非常に汎用性の高い機体。
イツァム・ナーと同じくECMで攪乱しながら空中から撃ち下ろす戦い方をする。
以前イツァム・ナーと対戦した時は開始五分で負けた。
今日はそのリターンマッチって所だろう。

「今日はどっちが勝つかしら」

「決まってるでしょ、イツァム・ナーに決まってるじゃない」

ミサトが阿呆な事を言っている間に試合が始まろうとしている。
って言うかイツァム・ナーが自分より下級のランカーに負ける訳ないじゃない。







??? Side

ACを起動させ、ゲートへと向かう。
開いたゲートの向こうには一体の赤紫のAC。

敵AC、『テンプシコレ』。

残念だけど、私の相手は貴方じゃない。
私の相手はいつも一人。
あの、紅いACを駆るあいつ一人。

ハスラー・ワン。

そのAC『ナインボール』。

私はあいつに敗れてからこの七年間、ひたすら己を鍛えて来た。
そう、全てはハスラー・ワンを倒す為に。
あの時の悔しさ、敗北感、恐怖感全てがこのアリーナに充満している。
ごめんなさい、ミューズ。

────貴方も私の糧になって貰うわ。

試合開始のゴングと共に、私は愛機『プロトエグゾス』を走らせた。






To be continued...


(あとがきという名の言い訳)

ACNBが発売した後に真っ先に惚れた人を真っ先に出すとは素直な自分(死ね
正直にイツァム・ナーさんに十回近く負けてやっとこさ勝った男です。
それでも残りAP百ちょい(ぉ
ミューズとか初めて見た時は『石鹸?』と首を捻りました。
今回はイツァムさんに始まりイツァムさんに終わりました。
何故『??? Side』としたかと言うと………。
イツァム・ナーをアルファベットで書けなかったからです。
後ほど本名出すのでそれからはそれを適用しますが。
出来ればまた一ヶ月以内に書き上げたいなぁと思ってます。
では。



(ながちゃん@管理人のコメント)

与吉様より「ARMORED CORE NINE BREAKER 〜Raven's Sky〜」の第二話を頂きました。
たぶんこのお話はAC(NB?)の原作に沿って進んでいるとは思いますが、やっぱ原作を知らないとかなり難解ですよね(汗)。
知らない方は、少なくとも別途用意していただいた設定集に目を通したほうが良いかも?・・・ていうか、必須?
記憶喪失のシンジ君、なんか人外っぽいですね。・・・99.89パーセントだし(笑)。
この辺はエヴァの設定からの流用でしょうか。
さて、リツコとミサトが登場しましたね。
この二人は、この世界でどんな活躍を見せてくれるのでしょうか?(それとも端役?)楽しみですね。
そして、シンジ君。彼のその隠された能力(たぶん)が発現されるのは一体いつのことでしょうか?
請う、ご期待です。
次話を心待ちにしましょう♪
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